自閉症児とのドイツ暮らし

ドイツでワンオペ生活、自閉症児との暮らしを綴っています

落ち込んで、前を向く

 

自閉症ではないだろうかと薄々感じてはいたものの、実際にはっきりと告げられるとやはりショックは計り知れないものでした。これから先どうなっていくのかという不安がとにかく大きかったです。でも落ち込んでいるばかりではどうにもならないと急に前向きになったのを覚えています。とにかくやれる事をしようという思いでした。

幸いドイツは医療制度が整っている為、様々な面で支援が受けられます。まずは専門病院と数度の面談をし、その後自閉症療法、そして作業療法を開始しました。週に一回ずつ、45-50分程度ですが本人はとても楽しんでいる様子でした。

この頃初めて母親と離れるという体験をした長男ですが、本当にさっぱりしたもので拍子抜けしたのを覚えています。一般的に聞く、子供が初めて親から離れる時に出てくる"ママと離れるのが嫌" "怖い" "不安"という感情が彼には一切ありませんでした。セラピストに連れられ部屋に入って行く長男が振り返ることはもちろんなく、さっさと部屋に消えて行きました。何て楽なんだろうと思う反面少し寂しさも覚えましたが、あまりにもさっぱりしていたので感傷に浸るどころか笑ってしまった記憶があります😅

その頃幼稚園にも行き始め、少しずつ外の世界と繋がりを持ち始めるのですが、細かい問題や悩み等はあるものの、順調に前進していき、気持ちも日々安定していきました。

 

本が大好き

 

話は一旦現在に戻ります。


ドイツは現在クリスマス休暇の真っ只中🎄
お店も26日までどこも大体閉まっており、たくさんの人々が各々家族と過ごす期間なので、とても静かな時間が流れています。

我が家にも無事サンタがやって来てくれたようです🎅

 


長男は本が本当に大好きで、逆を言えば本がなければ彼の日常は成り立ちません。朝起きて最初に手にする物も本、ご飯のお供も本、自由時間もほぼ大体本を見て過ごしています。本や雑誌など、めくれる物で絵柄が多少付いていれば何でも良いようですが、その中でもお気に入りの本はいくつかあるようです。サンタからも長男好みの本をたくさん貰えたようで、体を前後に大きく揺らし、手を叩きながら声を出して喜んでいました。

クリスマスやサンタクロースなどを理解している様子は残念ながらありませんが、自分の好きな物を貰えたり、いつもと違う雰囲気は察している様子。このような彼にとってポジティブな変化はすんなりと受け入れる事ができ、自閉症特有のパニックに繋がることも決してありません。

しばらくは新入りの本を眺める日々が続きそうです。

 

明らかとなる

 

ほぼ全ての成長過程において平均より長く時間を要した長男。結果的に歩く事ができたので、もしそれだけのことならのんびり屋さんで終わっていたのですが、1歳を過ぎても2歳を過ぎても全く言葉が出ず、健診時のチェック項目もほぼ全て"いいえ"に当てはまり、いよいよ深刻度は増していきます。小児科医からも問題ありと指摘を受け、専門の病院を紹介されます。この時点で私はインターネットを読み漁り、既に自閉症ではないかと疑っていたのですが、当時の担当セラピストは自閉症ではないと言っていました。当時長男はまだ2歳半程度だったので、なかなか判断が難しかったのでしょう。しかし、その後療法や面談を重ね最終的に下された診断は重度知的障害を伴う小児自閉症でした。

あれ、おかしいな

 

寝不足な日々が続いても少しずつ成長していった長男。睡眠問題以外は特に異常もなく、生後半年を迎えます。この頃寝返りもするようになり成長面では全てが順調に進んでいると思っていました。
ただ離乳食は全く受け付けず、無理に食べさせるのも良くないと思い、1歳過ぎまでは母乳のみ与えていました。小児科医に相談したところ、それでも問題ないと言われていたのであまり焦ることなくのんびり構えていました。お座りは1歳前には出来るようになっていましたが、ハイハイをする気配は全くありません。1歳過ぎても歩くことはもちろん、ハイハイもせず時は過ぎていきます。この辺りから少しずつ、あれ?のんびり屋かな?まぁ焦らず行こうと思い始めます。小児科医からも1歳半まで様子を見ましょうと言われたので、あまり気に留めてはいませんでした。
その後長男は2歳前までハイハイをせず、ようやくできるようになったものはハイハイとは少し違う不思議なものでした。両膝で前にピョンピョン進む感じです。その移動方法は2歳3ヶ月にようやく歩行するまで続くのでした。

壁はまた訪れる

 

黄疸症状が消え、これでようやく普通に育児ができる!と思っていたのも束の間、また次の壁にぶち当たります。とにかく寝ない。寝ても細切れ、少しの音で起きるを繰り返していました。初めは新生児だしこんなものか..と思っていたけれど、それにしても寝ない。どうしてこんなに敏感なんだ?眠くないのか?母乳は飲んでいるし、オムツも汚れていない..何が原因?とにかく毎日毎日寝不足の日々で苛立ちも募り、辛すぎて夜中に泣いたことも何度かありました。今思えば、あの頃既に聴覚過敏など睡眠障害症状が出ていたのでしょうが、当時はそんなこと全く考えてもいません。赤子の世話ってこんなに過酷だったっけ?と思いながら何とか日々をやり過ごしていたと思います。

生まれてから

もう7年近く前の話になるので所々うろ覚えですが、少しだけ過去から現在までの話しをしようと思います。

長男は妊娠中から常に小さいと言われ続けていました。当時環境の変化等で精神的に不安定な日々を送っていたからでしょうか。それでも幸い大きな問題は起きずに無事40週3日で誕生しました。

分娩はスムーズには行かず、なかなか出てこなかった長男。あと少しで緊急帝王切開となるところで、最終的に吸引分娩で生まれてきました。その時やはり、40週超えていたのにも関わらず37週程度と医者から言われました。新生児黄疸が酷く出てしまい、最終的に2週間入院することに。白目が黄色く、ミルクや母乳をほとんど飲めず保育器で過ごした最初の1週間。ちゃんと治るのだろうかと不安な日々でした。

その後何とか少しずつ回復していき退院となるのですが、退院してからもしばらく白目部分が黄色かったのを今でも覚えています。その後は母乳を徐々に飲めるようになり、順調に回復していくのですが、そこからはまた別の問題にぶつかることになるのです。

ドイツで自閉症児と暮らす日々

はじめまして。

ドイツ在住、3児の母です。
そして一人親でもあり、
完全なワンオペ生活を送っています。
長男6歳は自閉症尚且つ重度知的障害があり、ドイツ障害者手帳80%、介護レベル4(1-5段階、5が最重度)になります。
普通の育児、暮らしとは違い、様々な場面で壁にぶつかる日々。 毎日悩みや課題は尽きず、どうすればもっとストレスを軽減し、穏やかに暮らせるだろうかとばかり考えています。
楽しい事もあれば大変な事は2倍ある、そんな日々を綴っていけたらと思いブログ開設に至りました。